― 苦情処理検討会 ミニ講座より―

「苦情を考える」−その4−

   日時:  2001年 7月19日(木)
   講師:  (株)エムジー商品試験センター 窪田一郎 氏


3回にわたって、苦情とは何かを、法的責任という視点から考えてきました。
今回は、なぜ苦情は発生するのか、そのメカニズムについて考えてみます。

5.苦情発生のメカニズムとは

苦情を考えるとき、なぜ消費者は商品を購入するのかを考える必要があります。

(1)商品の価値

 消費者が対価を払って商品の所有権を移転する契約を行う(早い話が買い物をするということ)のは、なぜでしょうか?
 そのモノが欲しかったから。そのモノが必要だったから。そのモノが気に入ったから。あるいはそのモノを他の人にとられたくなかったから。
 いろいろな理由が考えられますが、核心部分で切取ると、消費者はそのモノに何らかの価値を見出し、その価値が対価に見合うと判断したからと捉えることができます。
 商品の価値には、「占有価値(所有価値)」と「使用価値」にわけることができます。「占有価値」とは、「自分のものである」という満足感であり、希少価値、高額価値、形見などが該当します。衣料品では、一部の高級ブランドなどがこれに該当する可能性がありますが、所有しているだけで、着なくても満足できる可能性は少ないので、ほとんどの衣料品は、「使用価値」を目的として購入するものと考えてよいでしょう。

(2)商品の使用価値

 商品の使用価値とは何でしょうか。例えばトイレットペーパー、なくては困る実用品の最たるものです。2枚重ねのもの、リサイクル紙を用いたもの、香料や消臭剤を配合したものなど色々な種類があります。しかし、いずれも持っていれば満足できるものではありません。使って初めて価値が発生するのです。使用してはじめて価値を生ずるもの、消費者はそのモノが必要なのではなく、そのモノを使用することによって発生する効能効果を買っているのです。これが使用価値であり、実用品はすべてが使用価値を提供するために生産されています。
 例えば玩具。玩具は何かの役に立つのでしょうか?玩具の使用価値とは、子供の笑顔、ぐずらない、知能や感性を高める、などの効能効果が期待できます。
 化粧品では有名な言葉があります。アメリカの化粧品会社の経営者が、「我が社は化粧品を売っているのではない。女性に夢を売っているのです。」といったという話がマーケティングの本に紹介されています。
 では、衣料品は?衣料品にはどのような効能効果が期待されているのでしょうか。消費者は何を求めて衣料品を購入するのでしょうか?
 電気製品なら目的ははっきりしています。洗濯機なら、家事労働の軽減、家事時間の節約、清潔さといった効能効果が期待されていることはあきらかでしょう。

(3)衣料品の使用価値

 衣料品には、寒暖から身体を保護するとか、外部環境から身体を保護するといった物理的な効能効果と、人の視線から身体(の一部)を隠すといった最低限の効能効果があります。マズローの欲求5段階説でいえば、低次元の欲求(生命維持の欲求、安全欲求)といえます。
 しかし、消費者が服を選ぶとき、このような欲求を意識することは登山用品や一部のスポーツ用品などでもない限りほとんどありません。普通は、「皆が着ている(帰属欲求)」、「可愛らしい(自己主張欲求)」、「キャリアになりたい(自己実現欲求)」などといった理由で商品を選択し、購入しています。
 このような購入動機が適切に使用価値を生み出しているか、という点については、デザイナーやマーチャンダイザーに商品の企画・設計意図が明確でなかったりするため、必ずしも満足のいく状況ではありませんが、ここではこれ以上触れません。

(4)苦情発生のメカニズム

 商品の価値と苦情の間にはどのような関係があるのでしょうか?実は価値の負の変化が苦情となるのです。「お似合いですよと言われたから買ったのに、家族にみっともないと言われたから返品したい。」などという不満は、モノそのものには購入前後で何の変化もないのですが、モノに対する消費者の心の中の価値は急激に低下し、不満となるのです。
 では、モノ自体の価値の変化とは、どのようなものでしょうか。

1) 着用中の変化が大きい
(水・汗シミが目立つ、シワが目立つ、汚れがつきやすい、ボタンがとれた、破れたなど)
2) 洗濯(クリーニング)で回復しない
(汚れが落ちない、シワがとれないなど)
3) 洗濯(クリーニング)・保管でダメになった
(丈が縮んだ、プリーツが伸びた、色が泣き出した、色が変わった、外観が悪くなったなど)
4) 寿命が短い(予想外に早くダメになったなど)
 以上に挙げた例は、消費者が商品を購入するときには存在していたモノの価値が、モノが変化することによって低下し、不満となるものです。その価値の低下に自分の落ち度はないと考えるとき、苦情として申し出られます。「やっぱり安いものはダメねー。」と思う人は「安いものを買った自分に目がなかった。」と反省し、申し出られませんが、「安いからって、不良品でいいわけがないでしょう。」と考える人は苦情を申し出ます。
 即ち、苦情発生のメカニズムとは、消費者の心の中で購入した時点であったはずの価値が、予期に反して消失したと消費者が考える事実が引き金となり、怒り・後悔・失望といった負の感情を引き起こし、負の感情をエネルギーとして、消費者の権利の主張という行動に至るものです。
 苦情を取り扱う者は、消費者にとってのこのモノの価値とは何だったのかを考えておくことが苦情処理を適切にすすめていくうえで重要です。

次回から、苦情品の見方・調べ方という本論にはいります。


苦情を考える→||4|10

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